top of page

ヘリコプターマネーの危険な誘惑

  • uhyoshi-yami
  • 2016年5月24日
  • 読了時間: 9分

金融政策の景気刺激効果が限界に達していることが明白になりつつある中で、アベノミクスの起死回生策として、大規模なヘリコプターマネーが実施される可能性が高まっている。

ヘリコプターマネーの効果は一時的なものに過ぎず、弊害は相当に大きいというのが筆者の従来からの主張である。それは、単に日本の公的債務が未曾有の水準まで膨張しているだけではなく、生産能力の増強に回されるはずだった貯蓄が政府赤字によってほとんど費消され、今後、資本ストックの取り崩しが始まる恐れがあるためだ。

このままでは、潜在成長率はゼロを維持することすら難しくなる。しかし、アベノミクスが頼ってきた金融緩和は、一時的な効果すら得られなくなっている。このため、政治的にはヘリコプターマネーが今後数年にわたって、追求されるリスクがある。

<ヘリコプターマネーがいったん停止した訳>

実は、2013年度に一時的に高い成長となった理由の1つは、事実上のヘリコプターマネーが実施されたからだった。当時、12年度補正予算として、国内総生産(GDP)比で2%の10.3兆円の追加財政が発動され、ほぼ同時に日銀が量的・質的金融緩和(QQE)として年率50兆円の国債購入を決定した。

通貨安による株高効果を除くと、長期金利がすでに低水準にあったため、QQEそのものが国内支出を刺激する効果は限られていたが、それでも13年度に成長率が高まったのは、政府の歳出増が国内支出の増加に直結したためである。ベースマネーだけでなく、広義のマネーが増えたのも、政府の支出増によるものだ。ここでのQQEの貢献は、あくまで財政ファイナンスという補完的なものに過ぎない。

筆者は当時、安倍官邸はヘリコプターマネーの効果に味を占め、13年度と同様、14年度も15年度も大規模な追加財政(13年度補正予算、14年度補正予算)を続けるのではないかと懸念していた。それゆえ、比較的高めのインフレを予想していた。大規模な追加財政を行えば、将来所得の前借りとして一時的ではあるが、確実にGDPを増やすことが可能であり、需給ギャップも改善するからである。実際、13年度には需給ギャップは2ポイント程度改善し、年度後半には完全雇用の領域に入った。

ヘリコプターマネーが継続されるという筆者の懸念をよそに、現実には、その後の追加財政は税収増の範囲にとどまっていた。これは、QQEによる円安誘導で、株価が上昇傾向を続けていたからなのだろう。つまり、安倍政権は、株価上昇をみてQQEの実体経済への効果を過大評価していたのだ。財政膨張を恐れた金融当局や財務当局が、13年度の高成長をヘリコプターマネーの効果ではなく、QQEの効果だと喧伝したのかもしれない。それは、消費増税の悪影響が小さいという主張とも整合的である。

しかし、現実には14年4月の消費増税後、消費低迷が続く。その際、決定されたのは15年10月の消費増税先送りと13年度並の補正予算であり、決して12年度補正予算のような大規模な追加財政の繰り返しではなかった。

この段階でヘリコプターマネーが再開されなかったのは、金融緩和に対する期待がまだ残っていたからだろう。事実、日銀は14年10月末にQQE2を発動している。しかし、15年度に入っても景気は足踏みを続け、この頃には金融緩和の副作用が誰の目にも明らかになってきた。大幅円安が始まって2年が経過しても、輸出数量の改善効果は全く現れず、経済全体のパイの拡大にはつながらなかった。円安による輸出企業の業績改善や、それに伴う株高という効果は現れたが、それらは輸入物価上昇による実質購買力の毀損という家計部門の犠牲を伴っていた。これが長引く消費低迷の理由である。

円安で訪日客が増え、インバウンド消費が大幅に増えたといっても、個人消費の低迷に比べると、マグニチュードは遥かに小さい。結局、景気刺激策のつもりで行っていたはずの金融緩和による円安誘導が、家計から輸出企業への単なる所得移転に過ぎないことが見えてきた。史上最高益を更新しても輸出企業は国内投資を増やさず、賃上げが実施されたとはいえ、利益の拡大に比べれば極めて限定的だ。支出性向の高い家計部門から所得を取り上げ、支出性向の低い輸出企業に移転していたのでは、むしろ景気抑制的に働く。これが、円安誘導につながる追加緩和を景気刺激策として日銀に求めなくなった最大の理由だろう。

ただ、円高が進めば輸出企業の業績が悪化し、政権が成績表と見なす株価は下落する。それゆえ、円高が進む場合には、それを回避すべく日銀には追加緩和が要請される。筆者は6月ないし7月にもマイナス金利政策の深堀りを予想しているが(同時にマイナス金利での資金供給の開始を予想している)、それはあくまで円高傾向の継続を前提にしており、何らかの要因で円高が回避されるのであれば、金融機関の業績に悪影響をもたらす追加緩和は見送られる可能性がある。

<消費税率5%へ引き下げもあり得るか>

超円安にもかかわらず、日本経済全体のパイが一向に大きくならない主因は、潜在成長率がゼロまで低下していると同時に、経済のスラック(弛み)が解消され、完全雇用に入っていることである。つまり、低成長は総需要が不足しているからではなく、供給制約によるものであって、金融緩和や追加財政が不足しているからではない。完全雇用の下で追加財政を行えば、一時的な景気の嵩上げになるとしても、資源配分の歪みをもたらし、潜在成長率をむしろ悪化させる。正攻法での政策を検討するのなら、潜在成長率を高めるべく、成長戦略に注力すべきところだ。アベノミクスは方針転換しなければならない。

しかし、政権運営の立場からは、そうした選択は現実的とは言えないのだろう。成長戦略の効果が現れるには相当の時間を要し、さらにその効果は決して劇的なものにはなり得ない。だからこそ、これまで時間稼ぎとしてアグレッシブな金融緩和を行っていたのである。

また、成長戦略の本質は規制改革や規制緩和にあるが、それの意味するところは既得権者が抱えるレント(超過利潤)を吐き出させることである。政治的なメリットがあまり大きくない一方で、失われるポリティカルキャピタルは相当大きなものとなる。景気刺激において、金融緩和に頼れないとすれば、再び追加財政にシフトするというのは経済的には問題が大きいが、政治的には極めて自然な選択だろう。

13―15年度の補正予算は、主に景気回復による税収増を財源としたもので、規模は3―5兆円程度にとどまっていたが、追加財政へ軸足をシフトさせるのなら、16年度補正予算(正確には第2次補正予算)は10兆円規模に上ると見られる。また、そうした規模の追加財政が今後、安倍首相の自民党総裁としての任期が訪れるまでの2年程度、継続される可能性がある。同時に17年4月に予定されている消費増税についても、再度、先送りが決定される可能性が高い。

場合によっては、消費低迷の原因を取り除くという理由から、14年4月の消費増税の時限的な停止措置が取られる可能性がある。つまり、2年程度、消費税を5%に引き下げ、その見合いである社会保障関係費は中央銀行の国債購入によって賄われる。

完全雇用に達しているといっても、追加財政の規模が追求されれば、それなりの景気刺激効果が現れるだろう。ただ、潜在成長率そのものが低下しているから現在は低成長になっているのであり、政策を停止した途端に、景気嵩上げ効果は剥落し、低成長に舞い戻る。政策を続けている間、需給ギャップが大幅に改善することでインフレ率が上昇するとしても、政策停止とともに需給ギャップは悪化し、再びインフレ率は低下する。

あるいは、臨界点を迎え、インフレ期待がジャンプすることによって、需給ギャップが悪化してもインフレ率は上昇したままだろうか。まさかマイナス金利だからといって、臨界点を迎えるまで、そうした政策を続けるのだろうか。

<「ワイズスペンディング」の幻想>

ここで問題となるのは、フィスカルドラッグ(財政的歯止め)を懸念して、ヘリコプターマネーを停止できなくなるリスクの存在だ。規模が大きくなるほど、停止した際のショックは無視し得ないものとなり、一方でヘリコプターマネーの継続コストはマイナス金利政策の下で表面的にはほとんど感じられないため、停止できなくなる。13年度にヘリコプターマネーの停止が可能だったのは、当時、多くの人が政策効果をQQEによるものだと誤認していたためであるが、今回はそうはならない。

金融緩和の限界が明らかになった現在、追加財政に対しても慎重なスタンスを取り、成長戦略をストイックに追求するというのは、アベノミクスが完全に誤りだったことを認めることになる。筆者としては、アベノミクスの立案者は政策の誤りを認め、ヘリコプターマネーのような常習性の強い政策を採るのではなく、成長戦略に注力すると同時に、低い成長の下でも持続可能な財政制度、社会保障制度の構築に政策転換するべきだと考えるが、それでは政治的にもたないと判断されるのだろう。

何より7月に控える参議院選挙を乗り切ることはできない。安倍首相としては、政治的な総決算として憲法改正に何とか着手したいところである。そのためには、参議院においても、協力政党を含め3分の2の多数を奪取しなければならない。だとすると、追加財政の規模は想定以上に膨らむ可能性がある。

また前述した通り、消費増税の先送りだけでなく、消費税減税も検討されるかもしれない。参議院選挙前の大規模財政は、野党に「選挙目当てのばら撒き」という格好の攻撃材料を与える。また、消費増税の先送りが決定されれば、アベノミクスの失敗の明白な証拠という攻撃材料を提供する。そうした批判を封じるため、安倍政権としては、あくまで国際的な協調政策としての追加財政を演出するだろう。

つまり、5月26―27日の主要国首脳会議(伊勢志摩サミット)において、1)世界的に金融緩和は限界に近づきつつあり、勝者なき通貨安競争の様相を帯びており、中央銀行の金融緩和は自国の金融システムを弱体させるばかりであり、2)先進7カ国(G7)が追加財政を協調して打ち出すことが、世界経済の長期停滞を回避し得る最も有効な政策になることを、サミット議長として強調するだろう。

もちろん、追加財政を行っても、それが一時的な景気嵩上げ効果しか持たないことを認識するドイツなどは、安倍首相の要請を簡単には受け入れない。いやだからこそ、日本が世界に範を示す必要があり、追加財政だけでなく、消費増税の先送りも止むを得ないと主張するのだろう。オールド・ケインジアンの復活である。

ちなみに、アベノミクスのスタート時にその理論的支柱となっていたリフレ派の理論家たちは、いつの間にか、多くがオールド・ケインジアンに衣替えしている。金融政策の万能性を唱えていた人たちが、今や財政政策の有効性を主張している。「われわれは、今や皆ケインジアンである」ということだろうか。

議会制民主主義の下で、唯一、政治的な財政膨張圧力への歯止めとなるのは、長期金利の上昇だ。だが、QQE導入後、日銀の長期国債大量購入によって、市場の警報装置は完全に機能不全に陥った。財政支出擁護派はワイズスペンディング(賢い支出)なら問題ないと主張するだろうが、果たしてそのようなものが、何兆円も存在するのか、大いに疑問だ。過去四半世紀、何度も追加財政が決定されたが、どれほどワイズスペンディングと呼べるものがあっただろう。

日本でQQEが取られた背景には、90年代の財政膨張やリーマンショック後の財政膨張で、財政出動はすで限界に達したという認識があったはずである。QQEやその後のマイナス金利政策が限界に達したからといって、再び財政にシフトしていたのでは、日本は本当に危機の臨界点を試すことになってしまう。

最新記事

すべて表示
清原被告、執行猶予4年の有罪

覚せい剤取締法違反罪に問われた元プロ野球選手清原和博被告(48)に、東京地裁は31日、懲役2年6月、執行猶予4年(求刑懲役2年6月)の判決を言い渡した。弁護側が求めていた保護観察は付けなかった。清原被告は国の手助けを受けずに更生を目指すことになる。...

 
 
 
特捜部、甘利氏を不起訴処分

甘利明前経済再生担当相の金銭授受問題で、東京地検特捜部は31日、あっせん利得処罰法違反などの容疑で告発されていた甘利氏と元秘書の男性2人を嫌疑不十分で不起訴処分にした。 これまでの甘利氏の説明などによると、都市再生機構(UR)と道路工事の補償交渉をしていた建設会社「薩摩興業...

 
 
 
2016年世界競争力調査、独がトップ10落ち-日本は26位

スイスのビジネススクールIMDが30日公表した2016年の世界競争力調査で、ドイツが昨年から2つ順位を落として12位に転落、トップ10から外れた。日本は1つ順位を上げ、26位だった。 同調査は61の国と地域を対象に、景気動向、政府の効率性、経営効率、インフラの4つの主な要因...

 
 
 

Comments


bottom of page